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Posted by ミリタリーブログ  at 

2014年10月29日

ヴァイキング・ハンマー

作戦の決行は、3月21日に計画されていたが、地上部隊は、主力の第10特殊作戦群 第3大隊のイラク侵入が遅れたため、数日間足止めを食らった。トマホークTLAMミサイルの攻撃は、地上部隊投入前の前攻撃として21日深夜に行われる予定であった。イラク戦争は、非常に速いテンポで行われる予定であったため、この攻撃が遅れることは許されなかった。

攻撃開始日未明、64発のトマホークミサイルが発射され、アンサー・アルのキャンプ地に命中した。一方、特殊部隊は、爆撃損害評価(Bomb Damage Assessment・・・BDA)を実行するため、偵察任務を継続していた。

地上攻撃部隊が6個、放射状に3月28日に投入され、1個のグループは第3大隊からの複数のODAと1000名以上のパシュメーガ部隊で編成され、主力攻撃部隊はサガット(Sargat)に向けて進んだ。サガットには、生物・化学兵器工場があると考えられていたためである。しかし、周辺には12.7mm重機関銃が配備された丘陵があり、米軍は進撃を妨げられた。

海軍から2機のF/A18が飛び立ち、直ちに近接航空支援を行い、2発の500lb-JADAMを機関銃陣地に投下した。その後、パイロットは、戦場から撤退する前に、燃料が続く限り、20mmキャノン砲で機関銃陣地に向けて機銃掃射を繰り返した。空爆の後、前進が再開され、イラク軍が米軍の進撃を食い止めることができたの者は、DShKとPKMの機関銃陣地だけであった。

ODA081は、移動車両にMk19自動グレネードランチャーを装備しており、イラク軍の機関銃陣地を圧倒した。クルディスタン愛国同盟(PUK)は、グルプ(Gulp)を占領し、続けて当初の目的であったサガットを攻撃した。サガットは、すでに要塞化されており、BM21-MLRS(ロケット砲システム)を搭載した車両などが配備されていた。

すでにクルディスタン愛国同盟の部隊が展開していたため、空爆することができず、ODAは、M2マシンガンでイラク軍陣地を片っ端から掃射した。これにより、パシュメーガ部隊が迫撃砲を投入することができるようになり、イラク軍陣地を次々に砲撃した。この攻撃に耐えかねたイラク軍はアンサーから撤退した。

TFバイキングは、ダラマール渓谷を確保するために前進した。同渓谷は、岸壁の洞窟によって囲まれている、非常に険阻な土地である。パシュメーガ部隊は、再び小火器やRPGなどで攻撃を受けたが、これに対し、米軍と共に40-50mmグレネード砲で徹底的に応戦した。しかしながら、しばらくすると、これ以上、航空支援なしで前進できることが分かった。

50口径銃機関銃を掃射し、その後、6発の500ポンドJDAMを投下すると、イラク軍は抵抗することをやめてしまったのだ。28-29日の夜に、4機のAC130がアンサー一帯に機銃掃射によって、イラン国境へ撤退するイラク軍にプレッシャーをかけた。

29日、TFバイキングは、耕地を占領すると、渓谷を通り抜けて前進し、渓谷に点在する小さな反抗拠点を攻め潰していった。ヴァイキング・ハンマーが任務を完了したことに続き、第3大隊とパシュメーガ部隊は、キルクークとモスリムの前進を助けるため、安全地帯まで撤退した。SSEチーム(Sensitive Site Exploitation取り扱いに注意を要する用地開発)がサガットにある証拠を収集するため、投入された。

このチームは、様々なリコンなどの化学物質、科学防護服、アトロピン注射器などの化学研究所・工場の痕跡を回復し(イラク軍は撤退際にこれらの施設を爆破した)、さらにアラビア語に翻訳された化学兵器やIEDの解説書を回収した。

施設の遺体の検分により、多くのアンサー・アルの防衛に就いていた兵士が、様々な国からの志願兵であったことが分かった。300名以上の遺体が確認された。パシュメーガ部隊の死傷は22名、米軍の損害はゼロであった。


次回更新は11月5日です。
ご意見・ご感想をお待ちしております。




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Posted by 友清仁  at 07:00Comments(0)知識編

2014年10月22日

攻撃開始

イラクの自由作戦での最初の攻撃は、第160特殊航空連隊の航空機によるものであった。2機のMH60L(ブラック・ホーク)および4機のブラック・スワム、さらに2機で1組のAH6(リトル・バード・・前方赤外線レーダを装備)が飛び立った。

これに加えて、各ブラック・スワムには、2機1組のA10がマーベリック対戦車ミサイルを装備し、AH6の装備である50口径マシンガンおよび2.75インチロケットで対応できない敵に対応することになっていた。


現地時間3月19日21:00時。ブラック・ホークとリトルバードの攻撃編隊は、最初の交戦目標である、西部・南部に展開するイラク軍監視ポイントを攻撃した。飛行隊は、ヘルファイア対戦車ミサイルを発射した後、30mmキャノン砲を掃射した。

攻撃編隊は、MH6の先導により攻撃目標を選定し、攻撃が難しい場所では、上空を旋回するA10に攻撃を任せた。闇夜の7時間の戦闘で、70箇所以上の監視ポイントが破壊された。効果的にイラクの軍早期警戒システムを破壊することができた。

イラク軍監視ポイントが排除されると、制空権が確保され、特殊部隊の第1陣がヘリコプターによってヨルダンが侵入を開始した。これと平行して陸上から英豪特殊部隊が、SOAR第3大隊の支援の下、イラクへ侵攻した。早朝、TFダガー、TF20の陸上部隊と連合軍党首部隊がヨルダン、サウジアラビア、クウェートなどから一斉にイラクへ侵入した。

TFバイキングは、隷下の特殊部隊全部が侵入に遅れていたが、さらに侵入が遅れた。最終的に、作戦立案者は、コンスタンツァ、ルーマニアなどの国を経由してイラク北部へ部隊を進めた。特殊部隊の士官は、この作戦の杜撰さを皮肉って「アグリー・ベイビー(醜い赤ちゃん)」と呼んだ。

3月22日、アルビール(Arbil)に、6機のMC130Hコンバット・ターロンが着陸し、大規模な部隊がイラク付近に到着した。この輸送は、危険要素がないわけではなかった。多くのMC130がイラクの地上攻撃に投入され、イラク軍の対空砲の反撃を受けた。

そのため、ある機体は、深刻な損傷を受け、皮肉にもトルコのインクリーク空軍基地に不時着するものもあった。初期に輸送された部隊は、第10SFGから19個ODA、および4個ODBであり、これらはイラク北部から侵入した。

3月23日、ついにトルコ政府は、米軍機が領空を飛行することを許可し、最後の3機のMC130がクルド人の根拠地アルビールからバスルへ向けて飛行し、応援部隊を輸送した。

最終的に、51個のODAおよびODB、さらに6万のクルド人パシュメーガ武装勢力がイラクに展開した。大量輸送が行われたはずであるが、実際には、特殊部隊は現地で輸送手段を確保しなければならず、十分な数の装甲車が到着したのは、それから数日後であった。

3月26日、第173空挺旅団が特殊部隊とパシュメーガが占領したバスル空港への降下作戦を成功させた。第173空挺旅団は、キルクーク油田を確保するために派遣された。TFバイキングは、当初、北部・南部末端のクルド国境線のグリーン・ラインに配備された。

彼らの当初の目標は、3つの部分に分かれていた。
1つはイラク北部に展開する13個のイラク軍師団がバクダッドに援軍として入城しないように妨害すること。
2つはキルクークおよびモスルまで前進すること。
3つはイラン国境に点在するアンサール・アル・イスラムテロリストの訓練施設を破壊すること、である。

この作戦は、バイキング・ハマー作戦として知られている。アンサール・アル・イスラムとは、スンニ派のテロリストグループであり、アブー・ムスアブ・アッ・ザルカーウィーにより創設された。サルカーウィーは、ヨルダン出身の国際的テロリストであり、イラクにおけるアル・カイダの総司令官と自称していた。

調査によると、およそ700名のテロリストが反クルド人組織と共に渓谷に潜んでいるとされた。彼らは、複数の防衛拠点を構築し、その拠点には対空砲が配置されているとされた。また、生物化学兵器の原料や溶剤なども開発・保管されていると考えられていた。


次回更新は10月29日です。攻撃開始です。
ご意見・ご感想をお待ちしております。




それはさておき・・・・



ルイ・ヴィトンのサイラス・・

てか、最近、戦闘地域にも行かないクセして、最新のブランド装備で身を固めた兵士を
「グッチ・ギア」とか言って、バカにするらしいですね。
この写真は、その象徴的なものなんでしょうけど。

装備メーカーも、あちこちの基地にサンプル品を送りつけて、
そのサンプル品を入隊直後の新兵が喜んで装着してるってのも聞きますね。

装備メーカーとしても、サンプル品とはいえ、「部隊で使われてます」てな感じで写真がネット上に拡散すれば、注文も増えるようですし、
場合によっては、そんな雰囲気の写真をモデルとか使って撮影しちゃうらしいですね。
実際、最近のミリフォト見ても、本物の兵士じゃなくって、あきらかにモデルだなーってのがあるし・・
CNNやABCのニュースに出てくる一般人と比べて、ミリフォトが何であんなにイケ面ばっかりなのかと思うときがあります。

http://www.sealswcc.com/navy-seals-ethos.html#.VEYURf8cS70
SealsのHPですが、イケ面ばっかりで、明らかにモデルですよね。
人がモデルなら、装着してる装備もサンプル品って可能性もありますよ・・
そもそも、特殊部隊の装備って、そんなに簡単に見せていいもんなのかという疑問もあります。

「機密保持」という観点で考えると、
「秘密を絶対に外部に漏らさない」っていう手法と同時に
「偽情報を拡散する」っていうディスインフォメーション(Dis-information)というのがあって、ネットで拾える画像や情報ってのも、その「偽情報」なのかもしれません。


そう考えると、ミリフォトの信憑性ってどんなもんなんでしょうか?
あんまり、写真に写ってるもんを追求すると、装備メーカーの販売戦略にまんまとハマってるだけなのかも知れませんね。
「ネットにイメージ写真を拡散すると、日本から大量に注文が来る」、みたいな。



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Posted by 友清仁  at 07:00Comments(0)知識編

2014年10月15日

それはさておき・・・

ハートロック参加の皆様、お疲れ様でした。

写真が800枚近くあって、全部選別できません。とりあえず、「オレ的ベストショット」を載せます。


今回、望遠レンズで、かなり遠くから撮影したので、撮影されていることをまったく気がつかない方もいらっしゃると思いますので、
写真NGの方、ご連絡ください。削除します。

それでも、「撮られている」という意識がない分だけ、皆さんの素の部分が撮れてる感じがします。
アフガンの山岳地帯っぽくっていい感じです。

写真についてコメントいただいた方、コメを削除してしまいました。OKですので、ご自由にお使いください。























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Posted by 友清仁  at 07:00Comments(0)イベント

2014年10月08日

Task Force 20と海軍特殊作戦機動部隊

Task Force 20
TFダガーと共にイラク西部に配備されたもう1つの特殊作戦部隊は、タスク・フォース20(以下TF20)である。TH20は、アフガニスタンでのTF11およびTFソードと同様のコンセプトであり、主にJSOC(統合特殊作戦コマンド)から抽出された部隊で、前第160特殊航空連隊指揮官、デル・デイリー少将が指揮した。

イラクでは、TF20は、すぐに第1特殊部隊作戦分遣隊デルタ(1st special force operational detachment-delta/1st SFOS-D)からC分隊が編成され、戦闘応用グループ(combat applications group/CAG)と呼称された。単にデルタと呼ばれることもあった。このデルタと共に、第75レンジャー連隊の3個大隊が付属した。

これに加えて、第82空挺師団より、強力な歩兵打撃部隊および緊急即応部隊として、補強部隊が追加された。この部隊は車載型ロケット砲システムにより間接的な攻撃力を有していた。(後の作戦では、装甲車両を装備した別のデルタ分隊がTF20に配属された) 

海軍特殊戦開発グループ(DEVGRU)からも部隊が派遣され、彼らの主な任務はヘリボーンによる直接戦闘であったが、TF20の指揮下に入った。

OGA(Other US Government Agency/政府工作員)およびSAD(Special Activities Division /特殊活動部隊)は、かつてアフガニスタンでグレイ・フォックスとして活動した情報支援工作員のように(コードネームは膨大にある)TF20の要員と行動を共にした。160th SOARからMH160K/ブラックホーク、MH60L/直接行動貫通機、HM6M/輸送機、およびAH6M/リトルバードが配備された。

TF20は、サウジアラビア西部のアラー(Ar'ar)にある空軍基地を密かに拠点としていた。TF20は、イラク内部の空港の占領や高価値目標(High Value Target/HVT)の確保、および特殊偵察を任務とされた。

戦闘開始前の主要目標の1つに、バクダッド国際空港の占領があったのだが、この空港占領作戦を実施するにあたり、大規模な通し訓練が2回行われたが、この作戦は実際には行われなかった。これは、実際に戦闘が始まるとイラク軍が逃げ散ってしまい、通常部隊が進出することで達成されたためである。



海軍特殊作戦機動部隊(Naval Special Operations Task Force)
海軍特殊作戦機動部隊(NTG)は、第4の特殊部隊としてイラクに配備された。この部隊は、海軍特殊部隊Sealsのチーム8および10を中心に編成され、位置づけは、特殊部隊の予備兵力であった。

HQ3大隊指揮下のイギリス海兵隊 第40および42コマンドー、およびSBS(海兵隊特殊舟艇部隊)のM分隊も配属された。これに加えて、アメリカ軍の心理作戦軍および民生部隊が投入された。

NTGの任務は、イラク内陸部にある湾口都市ウンムカスル(Umm Qasr)の占領であった。アル・ファウ半島(Al Faw)にある石油パイプラインおよび2ヶ所の原油をタンカーに積み込む沿岸プラットフォームがあったためである。この目標を確保した後、すぐにNTGは、南部の通常部隊の支援に向けられた。

航空戦力として、海兵隊 第15MEUと空軍 第20特殊作戦分隊から航空機が提供された。


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Posted by 友清仁  at 07:00Comments(1)知識編